A:湖畔の水妖 ナックラヴィー
妖精郷イル・メグには、水妖と呼ばれる水辺に棲む妖精がいるそうだ。たちの悪いイタズラで、人を死に追いやることがあるそうな。そんな水妖の一体が、始まりの湖にやってきたという噂がある。なんでも、美しい馬の姿に化けて湖畔に佇み、興味を持って近づいてきた者を、水辺に引きずり込むのだとか。
地元民は、そいつを「ナックラヴィー」と呼んで恐れている。本当に水妖フーアが化けた姿なのかどうかはわからないが、討伐すれば、多くの人に感謝されるだろうさ。
~ナッツ・クランの手配書より
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ショートショートエオルゼア冒険譚
妖精郷イル・メグには目に見えるものから見えないものまで種々様々で多様な妖精が住んでいるという。
妖精と言うとどうしても小さい体と背中に羽の生えたピクシーの姿を想像してしまうが、そもそもは神話や伝説に登場する超自然的な存在、人間と神の中間的な存在の総称なので姿かたちも様々だ。
また人間に好意的なもの、妻や夫として振る舞うもの、人に悪戯したり騙したり、命を奪おうとするもの、障害として立ちはだかるもの、運命を告げるものなど、様々な伝承がある。そんな妖精の棲まうイル・メグから一匹の妖精が逃げ出し、レイクランドの「始まりの湖」に棲み付いたのだという。
ある昼下がりの事だ。男が藪から顔を出して湖畔の様子を窺っていた。
その視線の先には湖畔に立つ青白く光る美しい馬がいた。引き締まった肩や腿の筋肉、凛と首を伸ばして真っすぐ遠くを見つめる姿には品格さえ感じる。体の大きさも申し分ない。それに何よりあの煌めくような美しさ、捕えて売りに出せば下手をしたら死ぬまで飢えることはないばかりか、死ぬまで仕事なんかしなくても済みそうだ。
男は音を立てないように、距離を取りながら馬の背後に回った。馬の視野は片方の目で側方180見渡すという。つまり死角となるのは真後ろか真正面だけだ。真後ろは後ろ足で蹴られる恐れはあったが、一生の生活が懸かっている。そのくらいのリスクは飲み込むしかない。
男は身をかがめ音を立てないよう藪からそろそろと出た。
馬は浅瀬に立っているため近づくには湖に入るしかないが、少しでも気を抜くと水音を立ててしまい気付かれる。男は最新の注意を払いながら前に進んだ。
あと少しというところまで近づくと男は馬の首に縄を掛けようと丸めてある縄を腰から外した。
その時、馬が逃げるでもなくトットットと前進した。
「気付かれたか…」
男は身じろぎもせずジッとしていた。周りに隠れるものが何もない湖の浅瀬で身を縮めてジッと息を殺した。馬は5m程先で立ち止まり、またジッとしている。どうやら気付かれてはいないようだ。男は馬から視線も外さず、また音を立てないように進んだ。
集中しろ、集中しろ。男は自分に言い聞かすと尻尾をユラユラさせる馬の尻だけ睨みつけてゆっくり進む。また手が届きそうなくらいに近づいた。その瞬間、馬はトットットと前進する。男は慌てて追う。水の抵抗が強くて思うように足が運べなかったが、男は馬にだけ集中して気付かれないように追った。
「…?」
男は違和感を覚えた。
いつの間にか腰のあたりまで水に浸かっている。
馬を見ると馬は変わらず浅瀬に立つように、足首位までしか水に浸かっていない。
はっとしたその時、馬が首を捻って男を見ると笑っているかのように口角を上げた。それは馬の顔ではなかった。顎の端にはエラとヒレがついていて口は嘴のように固そうでギザギザしていた。目は塗りつぶしたように真っ赤に光っていた。
「ヒイイイイイイっ」
男は悲鳴を上げて踵を返すと慌てて陸に向かって走り出した。
欲に目がくらんで取り返しのつかない事をしでかしてしまった。しかし、腰まで水に浸かった状態でまともに走れるわけがない。バシャバシャと水遊びでもするかのように両手を大きく振り必死にもがいた。馬はさっきまでと変わらず水面をトットットと歩いて男の傍に来た。幻影でも見せられていたのか、その姿は明らかに馬とは違う。前足、後足、尾、全身のいたるところにヒレが付いている。
「た‥…助けてくれ…」
男は怯えた顔で馬を見上げてかすれる声で懇願した。馬は子供のように甲高くて雑音が混ざったような声で言った。
「駄目だね」
馬は男の首根っこに噛み付くと、男を引きずるようにして岸と反対方向に歩き始めた。
男は何度も許してくれと叫んだが馬は二度と喋らなかった。
馬は深水の深い湖の中央部まで男を運ぶと、がむしゃらに手足をばたつかせて暴れる男を咥えたまま、深い深い湖の底へと姿を消した。そして水面には波紋だけが残り、湖をいつもと同じ静けさが包んだ。
妖精には人間に好意的なもの、妻や夫として振る舞うもの、人に悪戯したり騙したり、命を奪おうとするもの、障害として立ちはだかるもの、運命を告げるものなど、種々様々な者たちがいる。